Archive for the ‘蓮如上人*弟子の話’ Category

履物を脱がない先に、法施。

11月 29, 2009 - 9:34 pm コメントは受け付けていません。

 今回は、蓮如上人のお側に仕えたお弟子の道西について、お話しましょう。
 『御一代記聞書』(蓮如上人の言行録)に残されているエピソードです。

 ある時、蓮如上人が、法語を書いて道西に与えられました。道西の喜びは大変なもので、
早速、表具をし、箱の中に入れて、大切に保管します。
 ところが、しばらくして蓮如上人が、そのことを知られるや、
「そんなことをしたのでは意味がないではないか。常に、見えるところに掛け、心を正して、
聞法の指針にしなければ」
と戒められています。(『御一代記聞書』二八七)
 蓮如上人から、直筆の法語を頂いたならば、家宝として大切にしたい気持ちが出てくるのは
当然といえましょう。
 しかし、蓮如上人は、
「一日も片時も急いで、信心決定してくれよ」
の御心であられたことが知らされます。

 また、このようなエピソードも伝えられています。
 ある人が、道西の家を訪ねた時のことです。
 まだ玄関先で、履物さえ脱いでいない先に、道西はその客に、仏法の話を始めたと
いわれます。
 そばにいた人が驚いて、
「なぜ、そんなに急がれるのか」
と尋ねると、道西は、
「吐いた息が吸えなかった時が、後生。しかも、それは明日かも知れない無常の世の中だ。
もし履物を脱がないうちに最期を迎えたらどうするか。仏法のことは、急がねばならない」
と答えています。(御一代記聞書一九八)
 蓮如上人は常に、
「後生の一大事の解決を、急げ、急げ」
と教えられます。
 道西は、蓮如上人の仰せの通り、実践し、人にも呼びかけていたことが分かります。
 悲しいことですが、朝には紅顔あって、夕には白骨となれる身が私たちです。
 だからこそ、誰の人も早く、後生の一大事を心にかけ、聞法精進せよと教えられるのでしょう。

単身、比叡山へ。法住、決死の和平交渉

10月 26, 2009 - 5:04 pm コメントは受け付けていません。

先回、比叡山の僧兵と真宗門徒が衝突した史上初の一向一揆について、お話しました。
今回は、その関連で、法住のエピソードを紹介しましょう。

一向一揆後、まもなく、その余波が、今度は堅田を襲います。というのも、金森で奮闘した堅田門徒を
攻撃しようと、比叡山が動き出したからです。
門徒側も法住の住む本福寺に立てこもって武装し、一触即発の事態となりました。

しかし、蓮如上人からは、「武力に訴えてはならない」の厳命があります。何としても衝突は
避けなければなりません。
そこで、法住は、80貫文(約500万円)を山門に積み上げ、和平への意思を表明しました。

さらに、和平交渉のため法住は、単身、比叡山へ乗り込みます。全山の僧が詰め掛ける
根本中堂で、法論が始まりました。

「本願寺は邪法だ。なぜ、新たに名号を本尊とするのか」

早速、怒声が飛びます。
そこへ法住、サッと立ち上がり、柱に御名号をお掛けし、

「我ら在家の者は、罪深く、学もない凡夫。出家して修行に身を投じることなどとうてい及ばぬ。
しかし、阿弥陀仏は、このような罪悪深重の凡夫を目当てに本願を建てておられるのだ。
だから、阿弥陀仏一仏を尊崇し、御名号本尊なのである。どうして、邪法呼ばわりするのか」

根拠を提示してよどみない法住の熱弁に、堂内は、水を打ったように静まり返ります。

ついに、「今かけられるところの本尊、免し申す」の声が上がりました。

多数の僧相手にひるむことなく、完膚なきまでに論破した法住は、この時、70歳。
蓮如上人は高く評価され、この時の御名号をご下附されました。
法住はかしこまって拝受し、以来、堅田・本福寺の御本尊にお迎えしたのです。

蓮如上人とお初と空善房

7月 6, 2009 - 3:31 pm コメントは受け付けていません。

比叡山延暦寺は蓮如上人の首を捕った者には褒美を払うとのおふれを出しました。
それによって欲に目が眩んだ者が現れたのは必須。
同時に起こった悲しい話を親鸞会で聞くことができました。

蓮如上人は近江で布教している途中、中井長右衛門の家に泊まります。
この事実に喜んだ長右衛門夫婦。
褒美を娘のためにと、蓮如上人の暗殺を画策します。

一方、娘のお初は、これを機と蓮如上人の法話を熱心に聞き入る様子。
感激を胸に、蓮如上人の身の回りのお世話をします。

そうしているうちに、お初の耳に恐ろしい両親の謀ごとが聞こえてきました。
蓮如上人の身に危険が迫っている。
そのことを知らせようと、お初は歌に代えて事を伝えます。
それに気づいた蓮如上人。
お初の案内に導かれて家から逃げ出します。

家に残ったお初はというと、なんと蓮如上人の身代わりとなって布団に潜ります。
そうと知らずにやってきた長右衛門夫婦。
布団を斬りつけると、そこにいたのは娘のお初です。
思いもしない因果応報に、夫婦は悲しみにくれるしかありません。

お初は、どうか蓮如上人の教えを受けるようにと懇願して息絶えるのです。

お初の頼みを遺言として、蓮如上人に許しを乞う長右衛門夫婦。
命を狙っていたため、会わせる顔がないと思っていました。
しかし、夫婦の後悔を受けて、蓮如上人は二人を諭します。

我が子を手にかけることはこの世のものとも思えない恐ろしい所業。
しかし、阿弥陀仏の本願を聞信するならば必ず救い摂られるだろう、と。

こうして、長右衛門は空善房として蓮如上人の弟子となります。

空善房は「蓮如上人御一代記聞書」の著者。
精進に精進を重ねて、蓮如上人のご臨終にまで看病した信任厚い弟子です。

蓮如上人と堅田の法住

6月 15, 2009 - 1:48 pm コメントは受け付けていません。

蓮如上人には、金森の道西のように仏法に活躍した弟子がもうひとりいます。
それが堅田の法住です。
堅田は現在の滋賀県、琵琶湖に面したところにある地です。
しかし、法住の蓮如上人に対する支援は北陸や山陰、また東北地方にまで及びます。
それほどまでに蓮如上人に尽力した法住。
ですが、蓮如上人の弟子となるまではえもいわれぬ紆余曲折があるのです。

法住の生家である本福寺は、法住の祖父・善道の代では浄土真宗。
しかし、父・覚念の代になると禅宗に改宗してしまいます。
そのまま法住に代替わりするかと思われた矢先、法住はとある夢を見ます。
なんと、法然上人と親鸞聖人が夢に現れ、嘆いているのです。
これを縁と感じ、法住は本願寺へと参詣します。
しかし、訪れた本願寺は寂れて久しく、とても見るに堪えない状態。
こうして、地獄極楽を同時に目の当たりにした法住。
結局、本願寺ではなく仏光寺の門徒となるのです。
これらは蓮如上人が生まれるよりも2年前のことです。

その後、法住が親鸞聖人の真のみ教えに出会えるのは30年以上も先のことです。
法住54歳、蓮如上人35歳のころになります。
蓮如上人が布教のため堅田に訪れたのです。
そのときに、やっと法住は真の仏教に入門できたともいえるでしょう。
蓮如上人が43歳で法主となり、自由な布教活動ができるようになると・・・
法住は堅田門徒を率いて、蓮如上人の手足となって惜しまず援助します。

数々の援助の中でも、特筆すべきは、堅田商人による布教でしょう。
堅田は元々商業が発達している土地です。
法住によって堅田の民がそろって親鸞学徒となると、商業活動に布教が加わります。
船での商いをしながらの布教は、東北、北陸、山陰らの地方にまで及びます。
行商に赴いての地で、蓮如上人からの聴聞をそのまま行う堅田商人たち。
彼らはこうして布教に励み、浄土真宗の発展に大きく貢献したのです。

蓮如上人と金森の道西

6月 2, 2009 - 3:46 pm コメントは受け付けていません。

先日、道西の話を少ししました。
なので、今回は道西についてもう少し詳しく紹介しようと思います。

金森とは、現在の滋賀県守山市金森町です。
そこには、今でも民家のただ中に金森御坊があります。
道西はこの金森の地にて生誕。
幼名は川那辺弥七。
18歳頃に仏道に帰依し、35歳頃に蓮如上人に会います。
蓮如上人は道西からみると16歳年下になります。
また、初めて会う蓮如上人はまだ法主となっていない身。
にもかかわらず、蓮如上人の法話を聞いて道西は弟子となっています。
探し求めていた真の教えがそこにあり、よほど感激したのでしょう。
道西房善従と改名するときには、すでに道西は50歳を超えていたといいます。

その後も、道西は何度も金森へ蓮如上人を招いています。
それまで、その地には親鸞聖人の教えが正しく伝わっていなかったのでしょう。
金森からその周辺へと、み教えは爆発的に広がります。
蓮如上人が訪れるたび、金森御坊は聴聞ための人でごったがえしたのです。

道西の話で面白い話があります。
当時、金森御坊は屋根が茅葺でした。
茅の葺き替えの時期に蓮如上人が金森を訪れたことがあります。
葺き替えに精を出す人々を手伝うべく、和顔愛語の心で村人の中へと入る蓮如上人。
蓮如上人は道西へ茅を渡す役目を担われます。
ですが、茅の葺き方を知らない蓮如上人は、茅の根を上にして渡します。
屋根に茅を葺くとき、根を下にしないと雨漏りしてしまうのです。
そのため、通常なら、渡すときにも根を下にして渡します。
しかし、道西は渡された茅を上下にひっくり返さず屋根を葺きます。
道西は、蓮如上人がなさることは何に対しても「畏まりたる」と従ったのです。

以来、金森御坊の屋根は一部の茅を逆に並べる習慣が生まれます。
これを「蓮如上人葺き」といい、瓦になる昭和55年まで続けられます。