Archive for the ‘蓮如上人*母と継母’ Category

蓮如上人と後継者問題

5月 4, 2009 - 1:47 pm コメントは受け付けていません。

継母は蓮如上人に冷たくあたっていました。
しかし、父・存如は蓮如上人を正しく認めていたのです。
それは、存如が蓮如上人に東国への布教を命じたことから分かります。

本願寺では、後継者に親鸞聖人ゆかりの地へと布教させる慣習があります。
そのため、東国へ布教に向かわせるということは、後継者と認めていることなのです。
実質的に次期法主と認められている蓮如上人。
門徒たちの中にも、それを察して蓮如上人に近接する者が現れだします。

継母は、当然それが面白くありません。
後継者であることを正式に示す譲り状。
それを、我が子の応玄にあてて出させようと存如に迫ります。
しかし存如は譲り状を出さず、かといってはっきりと断ることもありませんでした。
やがて、存如は亡くなりますが、そのときまで譲り状は誰あてのものもないままです。
継母はそれをよいことに、家督を応玄に譲ると存如が言い残したと、虚偽を作ります。
そのように事態が動くと、応玄に門徒が近接するのは必須。

しかし、その中でも如乗だけは蓮如上人を支持し続けます。
如乗は蓮如上人の叔父で、瑞泉寺(越中)と本泉寺(加賀)を掛け持つ実力者です。
譲り状がないので、独断で応玄を後継者とすることは許されないこと。
また教学力、布教力の点で蓮如上人こそが相応しいと力説します。
これに、応玄を支持しだしていた門徒も賛同するようになるのです。
結果、正式に後継者となった蓮如上人。
継母は悔しさのあまり、経論や聖教を奪って応玄とともに加賀へと去って行きました。

しかし、ことはここでは終わっていません。
蓮如上人が法主となってからの3年後、加賀の地にて継母が亡くなります。
継母には冷たくされていた蓮如上人ですが、継母の葬儀に出席されます。
遺体を納めた輿と共に進まれるなど、養育の恩を示す蓮如上人。
その姿にいたく感銘した応玄は、寺宝全てを返却して過去の行いを悔いたのです。

蓮如上人と母

4月 23, 2009 - 12:10 pm コメントは受け付けていません。

蓮如上人の母は誰なのか。
本願寺で働く下女と予想はされていますが、実のところ不明です。
しかし、存如の正妻ではないことは事実です。
それを考えると、やはり身分の高い者ではないのでしょう。

蓮如上人が6歳のとき、父・存如は正妻を迎えます。
それを機に、蓮如上人の母は本願寺から姿を消します。
おそらく、下女である自分がいることで蓮如上人の足かせになると思ったのでしょう
正妻の子でないとはいえ、蓮如上人は長男。
存如のあとを継がせ、本願寺の法主となってほしいと願っていたのでしょうね。

蓮如上人の母は人知れず夜の闇へと姿を消します。
もちろん、幼い蓮如上人にも知らせず。
母を慕っていた蓮如上人の嘆きはどれほどでしょう。
下女であるがゆえに、蓮如上人がどんなに懇願しようとも誰も探してはくれません。
こうして、蓮如上人は幼くして母との別れを経験するのです。

以来、蓮如上人に待ち受けるのは継母からの冷たい仕打ち。
そして、後継者争いです。
母に育てられている間、ずっと聞かされ続けていた母の願い・・・
親鸞聖人のみ教えの再興、それだけが蓮如上人の支えとなります。

・・・それにしても、浄土真宗の善知識方は母と縁が薄いですね。
宗祖である親鸞聖人は8歳という幼さで母と死別。
そして蓮如上人は6歳で生き別れ・・・

蓮如上人は布教の際にも母を探されていたといいます。
母の出生が近江との情報を手に入れれば、その足で確認に向かう。
九州の豊後にいると聞けば海を渡る・・・
そのときの蓮如上人はすでに50歳を超えています。
しかし、努力も空しく再会は叶わなかったのです。