浄土真宗が、「一向宗」といわれるのは、どうして?

1月 18, 2011 - 3:00 pm コメントは受け付けていません。

 親鸞会で、蓮如上人が北陸布教をなされた時の話を聞きました。

 蓮如上人は、山中温泉(石川県)に到着されると、黒谷城主・
富樫政昭の庵に滞在され、しばらく湯治されたといわれています。

「城主・政昭は宗門調理の役のゆえ、幸いに真宗の名体を問う。
上人、其答えとして宗名の文を書残し給う。則ち、今世に名高き
一帖目第十五通、山中湯治の御文是なり」(燈明寺略伝)

 その時の記録が残されています。

 富樫政昭は、蓮如上人のご接待役として、直のご教導を賜る機会に
恵まれていました。日頃の疑問をお聞きできるチャンスに、質問を
しています。その内容が、『御文章』に詳しく書かれていますので、
見てみましょう。

 問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、
いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。
 ○答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して
祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、
皆人の申しなす故なり。
 しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、
一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも
子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。
されば一向宗という名言は、更に本宗より申さぬなりと知るべし。
 されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行を
えらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが
故に、別して真の字を入れたまうなり」。
(1帖目15通)

 富樫政昭は、世間の人たちがどうして、浄土真宗のことを、
「一向宗」と呼ぶのか、分かりませんでした。
 それに対し、蓮如上人は仰せです。

「一向宗という名は、聖人がつけられたものではない。おそらく、
真宗の門徒が、弥陀一仏を一向に信じ、その外の仏、菩薩、神に
心をかけないから、世間の人たちがつけたのだろう。
 しかし、釈尊が経典に『一向専念無量寿仏』と説かれているから、
『一向に無量寿仏を念ぜよ』という意味でなら、一向宗と言っても
いいだろう。
 浄土宗は、雑行(後生の一大事を助かろうとして、阿弥陀仏以外の
仏、菩薩、神につかえること)を許す。しかし、親鸞聖人は雑行を
厳しく排斥された。だからこそ、弥陀の浄土に往生できるのである」

 蓮如上人のご勧化によって、黒谷城主・富樫政昭も、上人のお弟子と
なり、燈明寺を開きました。現在、温泉街のほぼ中央に位置する
ところにあります。

 蓮如上人は常に、
「弥陀一仏以外、向くな、念ずるな、礼拝するな、供養するな、
これが釈尊の本意なのだ」
と叫んでおられます。
天台宗はじめ各宗からの迫害も、そのために起きたことでした。
 さらに、真実知らされた人々が、徹底して弥陀一仏の礼拝を実践
したからこそ、世間に「一向宗」とまで言われるようになったのです。

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