天台宗の僧二人、そろって改宗。蓮如上人のご教化で

5月 7, 2011 - 11:13 am コメントは受け付けていません。

 親鸞会で、蓮如上人の布教について、詳しく聞くことができました。

 蓮如上人のご布教により、そのころ、越前(福井県)、加賀(石川県)
一帯の、天台宗の道場が、次々に浄土真宗へ改宗していました。
 寺井(石川県)の天台宗寺院の住職・覚心房覚阿は、苦々しくて
なりません。
「おのれ仏敵、蓮如め。わしが法論で打ち負かしてやる」
 こう豪語して、吉崎御坊へ乗り込みました。

 一方、蓮如上人は、喜んで覚阿を迎えられ、いかなる問いにも明快に
答えられています。
 末法の今、聖道門自力の仏教では一人も助からないと、懇ろに諭された
覚阿は、とても自分のかなう相手ではないと分かります。ただちに、
上人の説かれる教えこそ、釈迦の真意であると確信したのです。
 もはや、天台宗に戻る気はありません。その場で、蓮如上人のお弟子に
なり、名を唯信と改めています。

 その唯信には、隣村に、同じく天台宗の道場を開く山上清左衛門という
親友がいました。これまで同じ志で修行してきた仲です。
 吉崎から帰った唯信は、すぐに清左衛門の道場へ向かい、天台宗を
捨てて浄土真宗に入れと勧めています。

 ところが、入門したての唯信では、清左衛門が納得するまでの話に
及びません。夜を徹して、燃える信念を互いにぶつけた議論に及び
ましたが、並行線。とうとう一緒に吉崎へ参詣し、蓮如上人のご教化を
仰ぐことに。

 上人はまたも喜んで迎えられ、清左衛門に、諄々と、弥陀の本願を
説かれたといいます。すべての疑問が晴れた清左衛門は、上人のお弟子と
なり、名を行勧と改めました。
 唯信房と行勧房は、ともに称仏寺を拠点に、「一向専念無量寿仏」の
徹底に尽くしたのでした。

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