邪険だった重兵衛が、お弟子になる

10月 5, 2011 - 4:29 pm コメントは受け付けていません。

 今月も、親鸞会に行って、蓮如上人の話を聞いてきました。
 皆さんにも、お伝えしましょう。

■前回までのあらすじ

蓮如上人は、布教先から吉崎御坊(福井県)へ帰路を急いで
おられた。安原村(現・福井市)まで戻った辺りで日が暮れ、
付近の民家に一晩の宿を求められる。仏法嫌いな家の主・
重兵衛は最初、邪険に断わり、果ては、一晩、門前で休まれた
上人に物をぶつける。だが、なおも「こんな男にこそ、弥陀の
本願を伝えたいものだ」と一心に念じる蓮如上人の言葉を聞き、
さしもの重兵衛も心を打たれ、聞法に身を沈めるようになった。

■本文

 蓮如上人は、重兵衛に仏法を説く機が熟したことを大変
喜ばれ、阿弥陀仏の本願を、懇ろに伝えられました。
 仏縁は、外見で推し量れるものではありません。法を謗り、
善知識に危害を加えた者でさえ、真実の教えに触れ、みるみる
変わってゆきます。

「ああ、何を求めても、安心も満足もなく、ねたみそねみで
苦しんできたのは、真実の仏法を知らなかったから……。
今、この教えに命を懸けなかったら、未来永遠、救われないぞ」

 感激にうち震える重兵衛は、すぐに、上人の弟子にさせて
いただきたいと申し出ています。文明五年(1473)7月6日
のことでした。
 かくて、浄円坊と生まれ変わった重兵衛は、蓮如上人の
おそばに仕え、聞法、布教に尽くしたといいます。
 やがて、浄円坊は、安原村の自宅に、蓮如上人御真筆の
「南無阿弥陀仏」の御名号をおかけし、本勝寺を開いています。

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