蓮如上人と堅田の法住
蓮如上人には、金森の道西のように仏法に活躍した弟子がもうひとりいます。
それが堅田の法住です。
堅田は現在の滋賀県、琵琶湖に面したところにある地です。
しかし、法住の蓮如上人に対する支援は北陸や山陰、また東北地方にまで及びます。
それほどまでに蓮如上人に尽力した法住。
ですが、蓮如上人の弟子となるまではえもいわれぬ紆余曲折があるのです。
法住の生家である本福寺は、法住の祖父・善道の代では浄土真宗。
しかし、父・覚念の代になると禅宗に改宗してしまいます。
そのまま法住に代替わりするかと思われた矢先、法住はとある夢を見ます。
なんと、法然上人と親鸞聖人が夢に現れ、嘆いているのです。
これを縁と感じ、法住は本願寺へと参詣します。
しかし、訪れた本願寺は寂れて久しく、とても見るに堪えない状態。
こうして、地獄極楽を同時に目の当たりにした法住。
結局、本願寺ではなく仏光寺の門徒となるのです。
これらは蓮如上人が生まれるよりも2年前のことです。
その後、法住が親鸞聖人の真のみ教えに出会えるのは30年以上も先のことです。
法住54歳、蓮如上人35歳のころになります。
蓮如上人が布教のため堅田に訪れたのです。
そのときに、やっと法住は真の仏教に入門できたともいえるでしょう。
蓮如上人が43歳で法主となり、自由な布教活動ができるようになると・・・
法住は堅田門徒を率いて、蓮如上人の手足となって惜しまず援助します。
数々の援助の中でも、特筆すべきは、堅田商人による布教でしょう。
堅田は元々商業が発達している土地です。
法住によって堅田の民がそろって親鸞学徒となると、商業活動に布教が加わります。
船での商いをしながらの布教は、東北、北陸、山陰らの地方にまで及びます。
行商に赴いての地で、蓮如上人からの聴聞をそのまま行う堅田商人たち。
彼らはこうして布教に励み、浄土真宗の発展に大きく貢献したのです。