蓮如上人と一休さん
6月 25, 2009 - 2:22 pm
蓮如上人と交流を深くしていた有名人として、あの一休さんが挙げられます。
一休は蓮如上人よりも21も年上です。
加えて浄土真宗ではなく臨済宗。
にも関わらず、親鸞聖人の二百回忌法要には一休も参詣者として訪れます。
そのときに一休が歌ったという、次の和歌があります。
「襟まきの あたたかそうな黒坊主 こいつが法は 天下一なり」
親鸞聖人の御影前に対して、なんと破天荒な和歌でしょうか。
あまりに砕けたところが一休らしいですね。
また、浄土真宗の本願他力に惹かれている様子がひしひしと伝わります。
蓮如上人が布教中によく滞在されていた聞光寺があります。
また、その近くには小林寺があり、そこには一休がよく滞在していたそうです。
聞光寺は、そんな蓮如上人と一休の交流の場。
一休は幾度となく蓮如上人の法話を聞き、次のような考えを持つに至ります。
「自分が求めているのは禅の道である。
しかし、最後には南無阿弥陀仏の念仏の教えに帰さなければいけない」
・・・そんな一休が亡くなる際、弟子にある遺言を残します。
それは、念仏の中陰(四十九日の法要)を蓮如上人にしてほしい、というもの。
その遺言どおりに、一休の弟子は蓮如上人に念仏を頼みます。
しかし、その頼みを断る蓮如上人。
いわく、法は現身に説くもので死んでからでは意味がない、という。
親鸞聖人のみ教えでは「平生業成」と説かれています。
この仏教用語の意味を、親鸞会で教えていただきました。
阿弥陀仏の救いは平生に定まるもの。
死んでからでは手遅れということなのです。