四天王寺の土塔会にて、「多くの人が、地獄へ。不憫でならぬ」
■「うちは、門徒です」
自分の家が、浄土真宗だという時、しばしば耳にする「門徒」。
蓮如上人が、「御門徒」とおっしゃって、その意味を詳しく
教えられているエピソードを、親鸞会で聞くことができました。
紹介しましょう。
京都の山科本願寺を失われた蓮如上人は、その後、摂津や河内
(大阪方面)など、流浪の日々が、続きます。
柔らかな日差しが心地よい春先、上人が、四天王寺の門前
(今の大阪市天王寺区)を通られた時のこと、多くの人が
ごったがえして、身動きとれません。
実はその日、南大門外にある牛頭天王を祭る土塔の宮の大祭日
だったからです。
この様子に上人は、
「あれほど多くの人たちが地獄へ堕ちていく。不憫だな、哀れだな」
と、驚くべきことをおっしゃっています。
お聖教の根拠を、示しましょう。
「天王寺土塔会、蓮如上人、御覧候て、仰せられ候、
『あれ程の多き人ども地獄へ堕つべしと、不便に思召し候』由
仰せられ候。
又『其の中に御門徒の 人は仏になるべし』と仰せられ候。
是れ又ありがたき仰にて候」
(『御一代記聞書』一一九)
※『御一代記聞書』とは、蓮如上人の言行録。
蓮如上人がこのようにズバリ言い切られたのは、なぜでしょう?
親鸞聖人が、「阿弥陀仏以外の仏や菩薩、神では助からない」と、
厳しく戒められているからです。
そのうえで、蓮如上人は、「御門徒の人は仏になるべし」と
続けておられます。
こう聞くと、中には、「真宗門徒なら誰でも仏になれるの?」と
思う人もあるかもしれませんが、そうではありません。
ここで「御門徒」とは、阿弥陀仏一仏に向かい、本願力に
救い摂られた人のことです。
ですからここは、「信心決定した人は、必ず浄土に往生できる」と
教えられているのです。
本願寺を破却され、各地を転々とされながらも、
蓮如上人の大自信は微動だにすることなく、親鸞聖人の教えを、
全国津々浦々に、伝えていかれました。